江夏の21球とは何だろうと今更調べた!真相を知ると意外な事実が!?

おはようございます!
ずおーです♪

今日は朝から雨が降っておりますが、
水の恵みに感謝して参ります♪

 

衣笠さんが、病気のため先日
お亡くなりになりました。

ご冥福をお祈り申し上げます。。。

 

その野球関係のニュースを見ていたら、
江夏選手の「伝説の21球」がありました。

そういえば、昔から言われている
事ではありますが、詳しい内容を
調べたことがないなと思いました。

なので、ネット上に情報が沢山ある
と思うので、個人的見解も含めながら
書いていきます♪

 

スポンサードリンク

目次

江夏豊さんのプロフィール


名前 江夏 豊(えなつ ゆたか)

出身地 兵庫県尼崎市

生年月日 1948年5月15日

年齢 69歳

身長 179cm

体重 90キロ

投打 左投左打

ポジション 投手

プロ入り 1966年 第一次ドラフト1位

初出場 1967年4月13日

最終出場 1984年5月12日

現職 野球の解説者・評論家

最終学歴 大阪学院大学高等学校(私立)

最高年俸 7800万円(1984年、西武ライオンズ)

 

元々、右利きだったが、お兄ちゃんから
左利き用のグラブを買ってもらい、強制的に
左利きへと強制された。

理由は、特になく、強制だったそうで(^^;

詳しくは、本人のみぞ知るですが
その辺りは不明でした。

 

Sponsored Links




江夏の21球とは?

1979年日本シリーズの第七戦において、
9回裏に投じた21球についてのこと。

近鉄バファローズ対広島東洋カープ。

4対3で、広島がリードしていた
9回裏、ここを乗り切れば広島が
初の日本一を獲れる場面。

江夏豊投手は、7回裏からマウンドに
上がっていた。

近鉄も初優勝がかかっていて、最後の
チャンスをモノにし、一打逆転、優勝!
一歩手前まで来ていた。

それが、江夏の21球の始まりである。

 

すでにお気づきの方はいると
思いますが、ピンチを招き、脱したのは
すべて、江夏豊投手の結果なのです。

 

つまり、「江夏の21球」はノンフィクション
として、山際淳司さんが書いた小説でもあります。

これが大きな評判となり、世に知れわたった
こととなりました。

 

試合を見ているだけでは分からないことを
小説として、選手の心理や性格を分析し
実際の内容に対して、上手く装飾したのが
いい部分だと思います♪

 

意外な真相とは?

ある意味伝説化している「江夏の21球」

単純に、そこだけを抜粋すれば
凄い事ですが、先ほども書いた通り
自分でピンチを招いて、自分で突破した
だけのお話である。

それを作家の山際淳司さんが、ノンフィクション
小説として、世に広めただけである。

 

だけど、世の中に広めることとなった
要因や流れを考えると、色々と勉強に
なる部分はあります。

伝える内容が同じでも、言葉の装飾次第で
伝わり方や影響力が全然違うなと。

という事は、普段あなたが誰かに伝えて
いることに、ちょっと工夫を加えれば、
相手が普段以上の動きや考えをするかもしれない!

 

Sponsored Links




自分もブログを書かせていただいてますが、
小説の表現力や言い回しは、とても勉強に
なっています♪

ラノベが多いけど(笑)

例えば、「青い空がきれいだ」を
装飾すると、

「視界に大きく開けた青くて雲一つない
吸い込まれそうな青い空が、心が洗われる
ようにきれいだ」

ちょっと、上手く表現出来ませんが、
こんな感じでも、何となく場面を
想像出来ると思います。

 

つまり、言葉を上手く操ることができれば、
相手が具体的に想像出来て、ワクワクしたり
逆に恐ろしく感じたりします。

 

言葉って、当たり前のように使っていますが、
使い方によっては、とてつもない力を
発揮したりします♪

 

まとめなど

江夏の21球は、小説家が上手く表現し
世の中に広まったことで、有名になった。

だけど、日本シリーズ最終戦で
9回裏、両チームとも初優勝が
かかっており、緊迫した場面だったのは
間違いないでしょう。

 

言葉の力は凄いなと、改めて
感じた今日この頃でした♪

 

では、ありがとうございました。